2026.07.07. 「探究ロスになる前に・・・」総合科学科学科長より

先日、総合科学科3年生の課題研究発表会が開催され、その後7月7日に最後の振り返り授業があり、これにて3年生の科学探究は終わりを迎えました。
それを受けて、総合科学科学科長の榎阪昭則教諭が3年生に送ったメールマガジンを紹介させていただきます。

Akinori Esaka ・メールマガジン vol.0001(2026/7/7)
「 探究ロスになる前に、自分たちが経験してきたことの大切さを知っておいてください。それとある虫の話 」
総合科学科 学科長 榎阪昭則

最後の探究授業の前にメールマガジンを配信したいと思います。
発表会後、あの大阪公立大学のUホールでみんなで写真を撮りました。
その時の笑顔が素敵でした。
やり切った感がありましたね。
写真を撮る前に以下の話をしたかったのですが、話をし始めると、思い詰まって1時間ぐらい話をしてしまいそうだったので、こちらで紹介します。
ぜひ読んで気づいてもらえたらと思います。

探究活動では、
① もやもやすること
② 類推すること。予想すること
③ 楽しむこと
が大事です。

① について具体的に話をしていきましょう。
研究のはじめ、なかなか研究テーマが決まりませんよね。
そんな中でどうしたらいい研究テーマが見つかるか。
いろいろ考えあぐねます。
その中から絞るようにして今までの自分の思考回路を駆使して何とか絞りだします。
なかなかスマートに行くことは珍しいかと思います。
何回も変更したりしませんでしたか。
すっきり決まりませんでしたよね。
また、実験をどのようにしていったらいいのか。
実験をどのように組み立てていったらいいのか何度も考えます。
自分たちでいろいろ考えたり、先生にいろいろ相談したりしながら決定していったことと思います。
でも、実際にやってみるとなかなかうまくいきません。
すっきりしないことが多いですよね。
また、実際に実験しても結果がうまく出なかったりします。
何回やっても結果が出ないとか。本当にすっきり行きません。
生物のキノコの培養をしていたチームでは、何回もカビが生えたりして、本当に行き詰っていました。
そこをどのように乗り越えてきたかが大切ですよね。
このように、なかなかすっきりいかないことが多いのです。
でも、そのすっきり行かないことで、もやもやしている時こそが大事なのです。
どうしたらいいのかなと自分の頭で考えるからです。
授業で習って、そのことを覚えていることを確認することとは大きく異なる脳の部分がはたらいています。
すごく大事です。
『もやもやを恐れない。』『 誰か決めてよ。』 とは言わない。とても大事なことです。
もやもやの混沌の中からこそ、素晴らしいものが生まれるのです。
日本の神話の中で、イザナギ・イザナミの二柱の神様が、生まれたばかりの混沌とした大地を天沼矛で塩コオロコオロとかきまわし、矛先から滴り落ちた塩の雫が凝り固まった「おのころ島」(淡路島)ができたように。混沌としたもやもやの状態は大切なのです。

② について、
自分が経験したことは、その時に自分が行動したことを覚えているので、2回目にはどうしたらいいかがわかります。
でも、経験したことでない方がこれからのことを考えると多いはずですよね。
経験したことのないことを類推したり想像したりして、こうなるのではないかなとかどうしたらよいのかなということを想像して、自分が考えられる限りのいい案を作り出していくのです。それが大切なのです。
そのことは受け身の姿勢ではできません。
自分が積極的にかかわっていかないと、次はどうしたらいいだろうかという問いは出てこないのです。
次にどうしたらいいのだろうかと考えることは、実は楽しいことだと思いませんか。
自分の好きなようにできるのですから。
そんな時にAI に聞いてしまうようなもったいないことはやめましょう。
自分で考えることを放棄していることになってしまいます。
一番いい部分を取られてしまうのは本当にもったいないです。
AI に判断を求めてしまったために大変なことになってしまった事件が報道されていましたよね。
巨人軍の監督がやめることになってしまいました。
そんなことにならないように自分で考えましょう。
私は、趣味としてたまに山登りをしています。(ここ数年、足の調子が悪かったのですが、昨年股関節の手術を
してすみやか足が動くようになってうれしいです。)
山登りをしていると、道なりに登っているのですが、たまに道を間違える時があります。
そんな時、自分の全神経を集中して、どのように行動したらいいかを予想するのです。
わかっているところまで立ち戻るとか、もう少し先にはたぶん別の道があるだろうとか。
そんな時、経験したことがないことに立ち向かって類推、予想しているのです。
自分がゲームの中の主人公の感覚です。まさしく主人公なのですが。
楽しいなあと思いませんか。(いのちの危険がないという前提ですが)

③ について
題名を決めることも、方法を決めることも、結果を出すこともそんなに簡単にいかないことですよね。
でも、「大変といわないこと」が大切です。このようなことができることが素晴らしいと考えてください。
授業以外にこんなことができる機会が泉北高校にはきちんとあるのです。
総合科学科だからこそこんなことが授業でできているのです。
そのことに感謝して、貴重な経験ができたことに誇りを持ってください。
この取り組みが皆さんの将来を作っていきます。(言い過ぎではありません。)
この思考方法が役立つのは高校時代だけではないと思います。
というか、社会に出るとこの考え方が大切です。
身に着けたこの考え方を使って次のステップに歩んで行ってほしいと思います。
皆さんは、あと100年は生きていくと思うので、この考え方の価値がますますわかってくると思います。
何事も「楽しんでやる」というのは、私もできていることはまだまだですが、そうありたいと考えて日々過ごしています。
一緒に頑張りましょう。
皆さんの健闘を祈ります。

先日キリギリスをゲットしました。
暑い夏、ギーチョンと泣いている虫です。
日本には虫の声をめでるという風習がありました。
江戸時代に、はやったそうですが、昭和の時代には、店先でスズムシやキリギリスを販売していました。
夏の風物詩です。泉北高校の生物準備室前にも植えていますが、アサガオの花も夏の風物詩です。
皆さんも小学生のころにはアサガオやヒマワリの種をまいたことがあるのではないでしょうか。
カブトムシ、クワガタ、スズムシ、キリギリスなど、昭和生まれの私たちの身近には普通にいました。
今の小学生はどんな感じなのでしょう。
小学生のころは、キリギリスを取るために近くの草むらに網を持ってよく出かけていました。
最初は母と一緒に虫取りに行っていましたが、そのうち弟とよく行きました。
鳴いている声をじっと聞いて、その場所を目指して網をかぶせるのです。
なかなか、すばしっこくて草の奥の方にもぐってしまうために逃げられてしまうことが多いのです。
本当にすばしっこいので結局、網で捕まえることができなくて手で捕まえます。
タオルを使うのです。
キリギリスの歯は大きくてよく手をかまれていました。
また、鳴いている場所がススキの茂った中にいるので、手が切れてよくケガしていました。
本当によくけがしていたのです。
でも、捕まえると事ができたときは感動でした。
泉北高校の近くの緑道には夏になるといつもキリギリスが必死に鳴いています。
その声を聴くたびに胸が“きゅん”となります。
そして網を取りに生物の準備室に戻って捕まえに行くのです。
小学生時代に虫取りは終えたように記憶していますが、自分の子供が生まれたぐらいからまた再開しました。
それ以来ずっと毎年キリギリスをゲットしてひと夏過ごしています。
エサとしてはキュウリをあげているのですが、時々煮干しを与えると長生きします。
最長で遅くまで生きたものは10月中旬ぐらいまで生きていました。我が家の夏を感じさせてくれる風物詩なのです。
最後まで読んでくれた人は、『キリギリス元気ですか』と声をかけてくれたら、読んでくれたと思うことにします。
『キリギリス元気ですか』は合言葉です。
課題研究は終わりましたが、三年生の後半ぜひ自分の目標に向かって頑張ってください。